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zoom RSS バンクーバーの朝日*少しネタばれあり*

<<   作成日時 : 2014/12/24 22:30   >>

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…を見てきた。

(って、このブログ使うのめっちゃ久しぶりじゃないか^^;)
映画の感想はやっぱりツイッターでは難しい…ので久しぶりにここを使う事にした。
まー、ここしばらく映画見ても感想書いてないのもいっぱいあるのだけど^^;

ということで、この「バンクーバーの朝日」には思う事も多く…感じたことをここに全て書けないが…

いつもそうなのだけど私は見に行く映画の内容をほとんど知らないままに見に行くことにしている。
だからこの「バンクーバーの朝日」も時代、その時代背景、実際にあったこと、野球…というキーワードくらいしか知らずに見に行った。多分感動ものではあろうが、結構暗い難しい話かもしれないという思いもあったので、ロードショー初日のごった返した映画館は避けてゆったりとした気分の持てる後日にした。それは正解だったと思う。
(ロードショー初日の週末は、そんなわけで「ベイマックス」にしたのだった)


この映画は野球の映画じゃなく一種の反戦映画と私は見た。感情を最低限に抑え、冷静に淡々と描こうと試みた良質の映画だったと思う。ただそのテーマが、野球というモチーフやそのチームが頭脳プレーで勝ち進んでいくという…そしてそれが日系移民たちに希望を与えると言うような一種の高揚感とは馴染まないところがあるので…観客はどう思っただろう…と少し心配にもなった。

映画館に入る時、私の横を、多分小学高学年くらいの少年たちがグループで入口を駆け抜けて入って行った。「おや、こんな暗そうな^^;映画にこんな子供たちがなぜ?(だってこの子たちならどっちかというと「ベイマックス」か「妖怪ウォッチ」だろうに…)」と思ったが、もしかして彼らはリトルなどの野球少年たちだったのかもしれない。「しかし…いわゆる野球映画を期待してるとやばくはないか?」と心配しつつ…その後をついて部屋に入ると、私の席はちょうど彼らの真横だった。

映画が始まる前に、私の真後ろの席に賑やかなおばさま(と言っても私より若いかも。ま、暗いのでよくわからないが)のおしゃべりの賑やかなグループが座った。聞きたくなくともおしゃべりが耳に入ってくる。どうも若い出演者たちも好きそうだし、野球も好きそうではある。ただ、「泣いたらいけないからハンカチ持っておくわ!」と言う声があったので、そういったボロボロ泣くような感動ものを期待されているのだな…とは思った。

そんなこんなで、映画が始まった…。
ところがこの映画、野球の高揚感!になるまでの前置きがとーーーても長い。
良く考えればそれでいいのだ。これはこういう話なのだ。カナダにやってきた日系移民の人たちがどのように考え、過ごし、いろいろな思いを感じてきたのか、またその子供たちは…と。それがなくては成り立たない映画なのだ。そういうテーマなのだ。ただただ体のでかい白人に勝つために日本人は頭脳を使ったプレーで勝った!というそんな単純な内容でもテーマでもない。だからこの前半のそれぞれの立場や家族や人間関係…などはこの映画にとってとても必要で大切なのだ。

ただ…正直言って「野球」という性質を考える時にとても退屈…なので、私は上映中も横列に座っているあの少年たちの反応が気になり^^;また映画がはじまったとたんに静かに見ていた後ろのお嬢様だちの様子(反応)が気になって仕方なかった^^;
…あぁ…この時点で、私この映画に入り込めていない?^^;いやいや…これで実は結構涙が次々に溢れて来たのだが、これは感動や喜びの涙ではなく、また悲しみの涙でもなく…(戦争に対する)怒りの涙だった。

映画が終わった時、後ろのお嬢様たちは静かだった(ひぃ^^;)少年たちもなんだか反応が薄かった。多分おそらくは初めに彼らが予想していたものとは違ったのではないだろうか。でもそれは映画が悪いわけなのではなく、映画のプロモーションが悪いのだ。宣伝にあちこちの番組に出演者たちを出させ、映画の本質ではない話をしまくってしまったツケだ。予想や期待とはずれた時に、それを修正して見ることができる人はそんなに多くはないと思う。(少なくもないと思うが)

…と話はそれたが^^;
結論、私は最初に書いたように、いい映画だったと思う。元々野球をモチーフにした映画は好きだが。でも今まで見た野球モチーフの映画とも少し違う…もっと「時代」寄りの内容だったとは思う。
史実であるという説得力を少し横に置くと、お話のテーマとしてはとても重く、そのモチーフが特に野球でなくても良いようにも思うが、ただそれが野球であったからこそ差別の中でも野球を通してであるなら「フェア」であることができた…という事実も含むので…だからやっぱりここは野球なのだろう。

とにかく移民であった日本人はいっぱい働いた。真面目に取り組んだ。けれど時代は彼らに辛い運命を与えた。その不条理で辛い運命を超えて、彼らの活躍(野球をした意味)が認められるまでには60年もの年月が必要だった。逆に言うと60年もかかったが、ちゃんと彼らの存在は評価され認められたのだ。

愚かな戦争がろくでもないものであることは当然だが、移民であること、その子供たち、そしてその土地で連綿と生き続けていくこと、日本人として、カナダ国民として…それらのいろいろな事柄は今現在、日本で、目の前で、いろいろと起こっている問題も思い起こさせ考えさせられる。70年前の話ではない。結局人間は同じことをどこかで繰り返すのだから。
ただそんなことを感じながら映画を見るようにあるにはある程度の「年齢」も必要になる…とも思う(汗)

そう思いながら…横に座る少年たちはいったいこの映画に何を見ただろう…と思いながら帰路につく。
もしかしたら期待とは違った「野球映画」だったかもしれないが、何かを感じていてほしいな、と。


…で、後ろのお嬢様たちはどうだったんだろうな^^;





…追伸…

ああ、そうだ、そして 役者の無駄遣い…だとは思った^^;

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